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広島地方裁判所 昭和42年(わ)155号 判決 1967年11月22日

被告人 花田安弘

主文

被告人を禁錮一年に処する。

本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人田丸昭男に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中、道路交通法違反の点につき被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転業務に従事しているものであるが、昭和四一年一二月一一日午前零時過頃、軽四輪自動車を運転し西から東に向け時速約四〇キロメートルで広島市松原町九番三五号広島百貨店北側の交差点手前の横断歩道にさしかかつたが、前方注視をすべき業務上の注意義務を怠つた過失により右横断歩道上を南から北に横断中の菅安夫(当三七年)の発見が遅れ、同人との距離約五・六メートルに接近して初めて同人を発見したときには、時すでに遅く急停車措置をとつたが及ばず、自車前部を同人に衝突させて約一七・五メートル前方路上にはね飛ばし、よつて同人に対し頭蓋骨々折(脳挫傷血腫形成)等の傷害を負わせ、そのため同月二五日午後九時三五分頃、同市荒神町一四六番地武市病院において同人を右傷害により死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)<省略>

(適用法令)

刑法二一一条前段、二五条一項、刑事訴訟法一八一条一項本文。

(無罪理由)

本件公訴事実中、道路交通法違反の点は

「被告人は判示日時場所において呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で判示のとおり軽四輪自動車を運転した」

というものであるところ、酒酔い酒気帯び鑑識カードの記載および証人元川武洋の当公判廷における供述によると検知管を用いた化学判定法による呼気一リツトル中の被告人のアルコール含有量は判示事故後の午前零時四〇分現在一・五ミリグラム以上と判定されたことが認められるのであるが、その時の被告人の外観は、「酒の匂いがし、青ざめた顔で、一見して酒に酔つていることが判明」し、歩行能力は「ふらつく」酒臭は「弱い」、顔色は「青ざめた顔」、手の状態は「震えている」のであるが、直立能力は「正常」、目の状態、毛髪の状態、衣服の状態、態度などは「普通」であつたと判定されたことが認められる。そして鑑定人毛利泰規の当公判廷における供述によると、右の化学判定による数値と外観判定の結果とは著しく相違し(尚、横井大三・本宮高彦著、新版注釈道路交通法、三三四頁の表および同頁ならびに三三三頁末尾四行の記載参照)ており、右外観判定の結果を前提すれば右化学判定による数値は明らかに検知管作成上の過誤によるもので信用しえないものと認められることになる。ところで被告人の各供述調書によると、被告人は酒がいける方で毎晩晩酌をしており、ビールなら三本位、酒なら三、四合飲むが本件事故当夜は勤務会社でそばを食べた後、同僚七人と計八人で冷酒一升を午後八時頃から同九時半頃まで飲み、被告人は一合以上二合以下程度を飲み、酔いをさました後の午後一一時四五分頃車を運転して会社を出たとの事実が認められ、これに反する証拠は存しないが、これによる被告人の平素の酒量および当夜の飲酒量に飲酒終了後三時間経過後に前記各判定がなされている事実を併わせ考えるならば、外観判定の結果の方を信用しえても、化学判定の数値の方は信用しえないものと言わざるをえないのである。したがつて、前記鑑識カード中の化学判定欄の記載は証明力を有しない。他方前記外観判定の結果および同判定の時刻に被告人の平素の酒量、当夜の飲酒量、飲酒時刻等を併わせ考えてみても、被告人が事故当時呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有していたものと断ずることは困難であり、他にこれを立証する証拠は存しないから爾余の判断をするまでもなく、本件道路交通法違反の公訴事実については犯罪の証明がないことになる。よつて刑事訴訟法三三六条により主文において無罪の言渡しをする。

(裁判官 笹本忠男)

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